子供が寝ている寝顔を見て思う事

子供の寝顔を見るとホッとするしジーっと見ておきたい気持ちが最近痛いほどよく分かる。まだ子供がいなかった時は、そういう話を聞いてもいまいちピン!ときてなくて、いやいや子供はあの片言に喋るの可愛いし笑ってるのも可愛いし、なんで寝顔?って思ってた。だけど自分が親になって可愛いだけじゃなく毎日大変でヘトヘトになりながら家事に育児にしていると、寝た時ホッとするし、寝顔を見ているとなんだか穏やかな気持ちになれる。そして、さっきあんなに怒ってごめんね。とか反省の時間にもなってくるから不思議。そこで一体自分をリセットして、よし!また頑張るか!と気合いを入れているような気持ちになる。騒がしくてワガママで思い通りにならないと泣いて眠くなったら泣いて。大変だぁ?!早く大きくなれ?!とかあまりにも疲れちゃうと思う時もある。だけど、いつかは親元を離れる時が来るんだし、日々成長していって自立してくる。だからこそ、今一緒に居れる時を大切にたくさんの想い出を作っていきたい。…と寝ている時に思う私でした。

猟師という生き方

生きるために命を奪う。猟師という生き方は凄いと思う。命を奪い、その肉を捌く。自分の手ですべてを行うのは生半可なことではできない。ふらふらと軸がぶれる自分には、憧れを覚えつつも手を伸ばせない強さを感じる。命への畏怖。ありのままを受け止めている姿は、凛として軽々しく声をかけることもできない。きっと迷いがないわけではないのだろう。ただ、考えることを止めない。自分の意志で生きる方法を掴んでいる。自然の中に生き、自然を受け止めている。そんな風になりたいと思う。猟師になる意志も覚悟もないけれど、その心持ちに近づきたい。人間もひとつの動物。世界の中のたった1ピースに過ぎない。まるで人間が世界の王者で、何もかも人間の意志で変えることができるかのような思い違いはしたくない。ただこの自然の中に生まれついた1ピースでしかない。傲ることなく、そのままの生き方で、自然と共に生きていけたらと願う。少しでも自然と寄り添っていけるように、今自分にできることを探りながら、ありのままを受け止めていける自分になりたいと思う。

立ち止まって気づくこと

4月から仕事の担当が変わった。今までの担当と継続して兼任という形になった。ずっとひとつの担当を続けてきて、先輩に追いつきたくて、やっと形になってきたところだったのに。急に私は要らないと言われたようで悲しくなった。兼任だから完全に離れるわけではないけれど、中心にはいない、そんな物悲しさがつきまとっている。いろんな担当を任されるのは成長の印ではあるのだろう。だが、新人たちが増え、とりあえず回された感じがして落ち着かない。何を期待されているのかわからない。頑張ろうと思っても、方向性が見えず空回りしてしまう。案の定、ひとつきもしないうちに体を壊した。我ながら笑えてしまう。でも、ただ体を癒すことに専念できて良かったと思う。それ以外の何も考えなくて済んだし、心の休め方も思い出した。そんな風に思うってことは、気持ちも行き詰まってたってことだ。出来るだけのことはしたいし、誰かの役に立ちたい、もっと成長したいと思う。でも出来ることは限られている。ただがむしゃらに突き進むのではなく、ひとつずつ踏みしめて進みたい。